川越大師喜多院の五百羅漢尊

川越大師喜多院の山門を入ると右側に五百羅漢尊が祀られています。

この羅漢は川越北田島の志誠の発願により、1782年~1825年の約50年間に建立されたそうです。
533体の羅漢の他に中央高座の釈迦如来、阿弥陀如来、菩薩など5体を加え538体が鎮座しています。
533体の羅漢に、一体として同じものはないそうです。

喜多院の創設と変遷について、同院のパンフレットによると、
喜多院は、仙芳仙人の故事によると奈良時代に仙波(ここの地名)辺りの漫々たる海水を
仙人の法力により取り除き、 そこに尊像を安置した。
平安時代、淳和天皇の勅により慈覚大師円仁により創設された勅願所となり、阿弥陀如来を
始め 不動明王、毘沙門天等を祀り無量寿寺と名付けられた。
元久二年(1205年)、兵火で炎上した後、永仁四年(1296年)伏見天皇が尊海僧正に再興させ
慈恵大師をお祀りし関東天台の中心となった。 正安三年(1301年)後伏見天皇が東国580ケ寺の
本山たる勅書を下した。

慶長十六年(1611年)に徳川家康が川越を訪れたときに天海僧正と親しく接見し
寺領48000坪500石を下した。
寛永十五年(1638年)川越の大火で山門を除き、堂宇は全て焼失した。
三代将軍家光は堀田加賀守に復興を命じ、江戸城紅葉山の別殿を移築した。
家光誕生の間、春日局の間が(この寺に)あるのはそのためである。
                 (以上、喜多院のパンフレットより)

533体の羅漢は1つ1つが個性的で、イケメンの顔、悪役向きの顔、躍動的なポーズ、 落ち込んだ
ポーズ等見る者を飽きさせない表情をしている。
また、少し怖い話ですが深夜に羅漢の頭を撫でると1つだけ温かいものがあり、 その羅漢の顔は
亡くなった親の顔に似ているという言い伝えがあるそうです。

今回は時間が無くフェンス越しの533体の羅漢ですので一つ一つの顔の表情を
撮れませんでしたので改めて機会がありましたら紹介したいと思います。

20160105_kawagoekitain_003.jpg

20160105_kawagoekitain_004.jpg

20160105_kawagoekitain_005-1.jpg

                                 - 2016..01.06 -

















スポンサーサイト

コメント投稿

  • URL
  • コメント
  • パスワード
  •  管理者にだけ表示

トラックバック

http://azumino529.blog28.fc2.com/tb.php/937-0f48b27c